幕末明治維新以降、そして昭和史…。 私たち、学校でちゃんと教えられたかな? なんかうやむやにされた気がせーへん?
私は社会、特に歴史の授業が大嫌いで、テストの平均点数は20点。しかも20点もマグレで取れた点数やったな。
人生どう転ぶか、ホンマわからん。全く勉強しなかったことが幸いして、私歴史教育で全く洗脳されてなかったようだ。
だから大人になって歴史に興味を持った時は「なんで?」だらけになったんよ。
徹底的に調べたら、たぶん学校で教わっただろう? (←実はそれさえも忘れている) 歴史は、ほぼ嘘だらけだったよ!
のび太のような頭で感じた素朴な疑問を大切に、歴史解説始めるでー!
1919年、パリ講和会議の国際連盟委員会において、「人種差別をやめようよ」って内容の提案
(人種的差別撤廃提案) を大日本帝国が主張したんよ。
日本人には、神武天皇の建国の理念である八紘一宇の思想が根源にあるから、世界の人種的差別による植民地支配の現状は許せなかったんだろうね。
国際会議において、堂々と独立国として欧米列強国に人種差別撤廃を主張した国は、日本が世界で初めてやってん。
だけど、その当時アメリカのウィルソン大統領は、その主張を許さず、「全会一致でないため提案は不成立である」と宣言して実現されなかったんよ。
ちなみに、賛成派は11票で反対派は5票。議事録もちゃんと残っているとのこと。
日本はえーこと言ったし、賛成派が圧倒票なのに、否決。なんか理不尽よなー。
ここまでは、歴史の捉え方の問題はなく、事実やんな。
1924年、アメリカでいわゆる排日移民法が成立し、日系移民が全面禁止されると、日本国民の対米感情の悪化は決定的なものになった。
1929年に世界恐慌が始まると、植民地が少ない日本は、第一次世界大戦後に植民地を喪失し、フランス政府による報復的なヴェルサイユ体制に反感を持つドイツ(明治維新以来、日本が模範とした国家でもある)への親近感を強め、植民地大国であるイギリスやフランスへの反感を強めた。
これら一連の流れは、その後の太平洋戦争(大東亜戦争)への呼び水となり、昭和天皇も独白録のなかで大東亜戦争の遠因となったことを明らかにしている。【Wikipediaより】
本来、日本は人種差別のない世界平和と有色人種の平和繁栄を望んでいた。だけど、白人至上主義を邪魔する日本を面白くないと思う人たちがいた。
そんな人たちに、日本も植民地になるか、アジア諸国と共に戦うかを選択せざる追えない状況に追い詰めさせられていった。
そういう一連の流れから、アジア諸国を植民地としていた欧米に代って、日本がアジア人と共存共栄していく大東亜共栄圏の道を提唱したと考えられるんちゃうかな。
独立したアジアの国々が日本をどのように思っていたのか、またアメリカ人が後にこの戦争をどのように公言しているのか、そんなことは日本では教育されない。
※証言をわかりやすく動画でまとめて下さり、本当にありがとうございます。 先人に感謝! 動画を作成して下さった方に感謝!
GHQ占領下において、連合国側によって派遣された判事によって、25人の全員の有罪、7人の絞首刑となった不当な極東国際軍事裁判。
日本人に植え付けられた歪んだ贖罪意識の原点は、この裁判にあると言われているんよ。
この裁判は 事後法 (事件時は違法ではなかった行為を、後から違法として処罰することを定める法令)で裁いたんよ。
つまり、連合国側の都合の良いように作った法を、後出しじゃんけんのような卑怯な手口で日本を裁いたんよ。 その内容がこれっ!
平和に対する罪 って、それなんやねん? って単純に思わん?
殺人の罪? 戦争犯罪? 人道に対する罪?
広島や長崎に原爆を落とし、一夜で民間人10万人の命を奪う東京大虐殺をしたアメリカにだけは裁かれたくない罪やな。
これが、自虐史観に染まっていない私の突っ込みやねん。
昔勘違いしていたんやけど、A級・B級・C級と言うのが、罪の種別であって、悪い事した順番じゃないねん。
一応、リンクの説明 (A級戦犯) つけとくなー。
つまるところ、
アメリカは当時の国際法 (非戦闘員を殺さない) を破って、広島・長崎の一般市民に原爆を落とした大罪を隠す為に日本を悪い国に仕立てあげ、「そんな悪い日本をやっつけた正義のアメリカ」というシナリオを作りたかったってことなんや。
これは、私が勝手にそう解釈しているんちゃうねん。
東京裁判でただ一人、真理と国際法に基づき日本の無罪を主張し、原爆投下の非人道性を指摘してくれたインド代表のパール判事の存在、大きいねん。
日本人にとってパール判事は恩人で、感謝してもしきれん。 本当に感謝しんとあかん人物なんや。
もしパール判事の存在を知らんかったら、それまでと全く違う物の見方ができるはずだから、一度調べてみてな。
戦勝国アメリカは、アメリカの都合の良い歴史観を日本人に植え付ける為に報道と教育を使ったんや。
そのひとつが、
1945年12月8日から全国の新聞に十回にわたって連載された「太平洋戦争史」 翌年の4月5日には、本まで出版しとるんよ。
本には「聯(連)合国最高司令部民間情報教育局資料提供」と記載されている。
つまり、アメリカGHQ占領下の監視の元で編集された本ってことやねん!
この本以降も日本の歴史書は検閲され続け、後に多岐にわたって出版される改訂版「太平洋戦争史」やその他の歴史書も、根本はここにあるんよ。
つまり、GHQ占領後に発刊された本、「検閲済」のスタンプが押してある本には、真実が書かれていないということなんよ。
昔、この事実を知らなかった時に、本当のことが知りたくて「太平洋戦争史」やその他歴史の中古本を何冊かヤフオクで購入してみたことがあるねん。
そこには、吐き気を催すくらいの残虐な写真と、日本がどんだけ悪かったのかが文字にされていたんよ。
満州事変から終戦に至るまでの日本の「侵略戦争」がどんなにひどいものだったのかがずらずらと綴られていて、その内容にびっくりしたわ。
もしそれらの写真や情報がアメリカの策略と知らずにそのまま信じてしまったら、間違いなく日本が嫌いになるやろうなぁ…。
私が購入した本は、そのくらいにひどい内容やってん
んでな、「私たちの先祖が本当にそんな酷いことをしたのか?」と納得がいかなかったので、納得が行くまで調べようと思ったんよ。
そんな私の疑問を晴らしてくれ、自分で考える大切さを教えてくれたお薦めの動画がこれです。フェアで本当に良い動画だと思うので、是非見てね
※硫黄島 ( ○ いおうとう、 × いおうじま)
※この動画は本当にフェアに作られており、全ての日本人に見てもらいたい動画です。 動画を作成して下さった方々に感謝!
戦後直後、1945年(昭和20)年12月9日からGHQが主導して制作した「眞相はかうだ」というNHKラジオ番組が放送されたんよ。
殆どの人が公正な放送局だと思い込んでいる国営放送NHK。今のNHK放送の原点がこれ。
戦後の教育により、NHKがまさか虚偽の放送をするなんてことはしないと思い込み、今日まで日本人は騙され続けてきたんよ。
日本は敗戦して焼け野原だらけで、食べて生きるのに精一杯やってん。
その戦後のどさくさに紛れて、GHQが一番最初に行った宣伝計画が、ラジオ放送「眞相箱」やってん。
昔、NHKの「戦後特集」を良く観てたんだけど、最後は「日本が悪かった」と誘導されているような後味が悪い感じに、なんか違和感があったんや。
ちゃんと調べないと納得がいかないから「眞相箱」購入し、中身を確認してみたよ。それが、これや!
「太平洋戦争史」と同様、「聯(連)合国最高司令部民間情報部」と記載されている。
そんでもって、素人の私がこの本を簡単に解読したでー。
ハワイはハワイ王国だった。初代王国カメハメハ大王を中心に統治されていた独立国だった。
1881(明治14年)には7代カラカウア国王が来日、列強諸国からの侵略に危機感を持ち、日本との連邦化を提案、明治天皇に助けを求めた。
1893年(明治26年)、白人入植者がクーデターを起こし、ハワイ王国を乗っ取った。
1898年(明治31年)、アメリカ合衆国に併合され、ハワイ王国は完全に消滅してしまった。
1941年12月8日、真珠湾攻撃。その翌日からルーズベルト大統領が「リメンバー・パールハーバー」、日本が真珠湾攻撃をだまし討ちと宣伝開始。
いつも正義の旗をかざしているアメリカだけど、ハワイ王国を消滅させて自分のもんにしたことはスルーなんかな?
日本は米国との戦争は極力避けようと、日米交渉を要求。あらゆる譲歩を用意して和平交渉に尽力していた。
日露戦争(1904年2月~1905年9月)後に、アメリカは日本を仮想敵国とした戦争計画 (オレンジ計画) が策定され、日本との戦争準備を始めていた。
1940年10月7日付のメモ『マッカラム覚書』にある戦争挑発行動に沿って、日本を戦争へと誘導していった。
1941年7月23日、真珠湾攻撃の5か月前に、ルーズベルト大統領は、陸海軍長官の連名で7月18日付に提出された合同委員会の対日攻撃計画書(JB355)にOKのサインをした。その内容は、10月1日までに350機の戦闘機と150機の長距離爆撃機を中国に供与して、アメリカ義勇兵(フライング・タイガース)に操縦させて、中国の基地から日本本土を爆撃する計画であった。
1941年11月26日にアメリカ側から日本側に提示された交渉文書『ハル・ノート』は、ソ連のスパイであるハリー・ホワイト米財務次官補によって作成された。事実上、日本に宣戦布告したのはアメリカの方だった。
アメリカによるソ連暗号の解読文である『ヴェノナ文書』により、ルーズベルトの周りはソ連のスパイだらけだったことが明らかになっている。
フーバー元大統領の回顧録『裏切られた自由』で、「ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていた。戦争を仕掛けたのはアメリカであり日本ではない。真珠湾攻撃を誘発したのはルーズベルトである。」ことが明らかになっている。
真珠湾攻撃による日米開戦の報告を聞いたイギリスのチャーチルは大喜びし、ルーズベルトに電話している。
米国は日本の無線通信のすべてを傍受、暗号(パープル暗号)の解読に成功していた。
眞相箱では「真珠湾攻撃は公式宣戦の布告もなく行われた」ことになっているが、在アメリカ合衆国日本国大使館から「宣戦布告覚書文書」を発信している。なぜかその重要な文書の手渡しが遅れ、だまし討ちとされてしまっている。
「日本は宣戦布告なしに真珠湾を攻めて戦争を起した悪い国だ」と教えられてきたけど、アメリカは最初から日本と戦争をする気満々で日本をとことん追いつめ、先制攻撃させる戦略を練り、そして裏で売国スパイを操って誘導したことが、近年、林千勝の出版本などから明らかになってきている。
東京裁判ではA級戦犯は全員陸軍、そして陸軍悪玉論が唱えられてきた。真珠湾攻撃をしたのは海軍なのに、アメリカは誰一人と海軍関係者を極刑にしていない。なぜ?
ちなみに、第二次世界大戦の終戦以降、世界で宣戦布告が行われた例はあったっけ? アメリカは「力の行使の宣言」をして他国を攻め込んでも「戦争の宣戦布告」はしてないはず…。
アメリカ人のフリーランスジャーナリストマイケル・ヨン氏は、著書『歴史戦の真実』(P172)で「パールハーバーに関しては、日本の攻撃が差し迫っていることは世界じゅうが知っており、新聞も攻撃が近いことを報道していました。我々の同胞は真珠湾で死んで生贄の仔羊にされました。攻撃が近いことは新聞の見出しに大きく載っていました。」と述べている。
いわゆる「南京大虐殺」とは、その占領から約6週間の間に数十万人単位の人間 (市民や捕虜) が日本軍によって南京で虐殺されたとする説。
アメリカ人宣教師を中心とする組織の南京安全区国際委員会の発表では、南京陥落直前の南京市の人口は約20万人。
戦後すぐに放送された「眞相箱」の内容では、南京大虐殺の犠牲者数は2万人となっている。
日本側の
一部の研究者の主張は4万〜20万人とする見方が多いってことになっている。
中国側は南京大虐殺の犠牲者数は30万人と主張。
1997年に発刊された中国系アメリカ人著者アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』には、「日本軍が数週間の間に一般市民約26万人から35万人を虐殺し、女性2万人から8万人を強姦した」となっている。
それそれが主張する人数が違い過ぎて、もうわけわからんやろ?
広島や長崎の原爆死者数は約20万人、東京大虐殺の人数は一夜にして約10万人。日本人が虐殺された人数は 約30万人。
戦後から主張される虐殺人数が増え続けて、最終的に南京大虐殺を主張する人数は日本人犠牲者と同じくらいの 約30万人になってるねん。
不思議やろー。
蒋介石、毛沢東、周恩来は、南京大虐殺について一度も言及したり触れたりしたことはない。
抗日戦争を宣伝している中国共産党 (その頃は毛沢東) と日本とは戦っておらず、戦ったのは蒋介石の国民党軍。あれっ?
日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が実は捏造だと、朝日新聞の本多勝一元記者自身が認めている。
週刊新潮 (2014年9月25日号)
【やまと新聞】水間政憲論説委員緊急収録「元朝日新聞記者本多勝一氏が南京事件捏造写真誤用を認めた歴史的意義
1937年12月、日本軍は支那事変を終結させるため、南京へ侵攻。 12月13日にそこを占領したんよ。
南京事件論争という、未だに何かと論争が続いているんやけど、ここにある動画の写真が全ての証拠で、こっちが本当ちゃうか? みんな、どう?
※水間政憲氏が公表して下さった一次資料を基に作られた動画です。 これらの写真は揺らがない事実。 捏造写真と違って、誰がどこで撮影してどの記事に載ったのか明確に記されています。
本来なら、一次資料を基に多くの本を出版し、真実を世に広げて下さった水間氏こそ歴史に名を残すべき歴史家です。 心から感謝!
→ 張勲軍が南京に乱入し、城内の民間人に対して虐殺、強姦、略奪を行った事件
→ 国民党の国民軍が騙し討ちのような形態で南京に入り込み、城内で虐殺、強姦、略奪を行った事件
→ 南京に陣取った国民党軍が、日本軍がやってくるからと城内で虐殺、強姦、略奪を行った事件
→ 中共軍が南京を制圧し、資本家らを襲い虐殺、強姦、略奪を行った事件
さらに詳しく知りたい人のお薦め動画です。
動画 「松井石根と南京事件の真実」 著者 早坂隆インタビュー
動画 【特別編】参戦勇士九人が語る「南京事件」の真実 【WiLL増刊号】
昔テレビで元慰安婦だったと名乗るおばさんが、涙ながらに「日本軍に強制連行されて無理やり慰安婦として働かされたー」と言ってたんやけど、かなり疑問があったんや。
もし娘が強制連行されたとしたら、お父さんを始めとする家族が黙っちゃいないと思うねんけど、強制連行されるのを止めたトラブルは一度も聞いたことがない。
そして、その証言もヘン。 「ジープ? で連れてこられた」 ん?
さらに、ケント・ギルバート氏の話では、(米国などで反日宣伝活動を展開する) 世界抗日連合会が米国議員に圧力をかけた結果、米国政府は30億円くらいの資金を使って800万枚もの公文書などを調べたけど、慰安婦が強制連行された証拠は出てこなかったんだって。
もちろん、日本の悪事ばかりをこと細かく書かれていた眞相箱にも「慰安婦の強制連行」については一言も書かれていなかったわ。
この問題のきっかけは、1977年吉田清治って人が「朝鮮人慰安婦と日本人」という捏造の本を出版して、その捏造の証言を1982年9月に朝日新聞が報道したことからこの問題が始まったんよ。
もし慰安婦問題に疑問がある人がいたら、下記の参考リンクで判断してなー。
父の謝罪碑を撤去します 慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の独白 大高 未貴(著)
「朝日の嘘は今世紀最大の嘘」 ケント・ギルバート氏 (2015:産経新聞)
私はこの問題も嘘にしか思えない。 なんしか、私たちが教えられた教育は嘘だらけやねん…。
731部隊、他
南京大虐殺、731部隊、性奴隷の件、これらプロパガンダの出どころは中国からで「中国が主となって騒ぎ立てている」って米国人ジャーナリストのマイケル・ヨン氏は著書(P172)にて書いてくれていたよ。
1999年に編成されたナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班(IWG)は、ナチスと大日本帝国の戦争犯罪全般を調べたもので、その調査結果は2007年4月に合衆国政府に提出された。
731部隊「人体実験」「細菌戦」に留まらず、「慰安婦問題」などの日本の悪事を裏付ける文書も必死に探したが、それらを裏付ける証拠は何ひとつ見つからなかった。
念のためなんやけど、731部隊の残虐な写真について見たという人へ
「済南事件で殺された日本人の写真」が「731部隊の被害者」として中国の教科書に掲載されている。
日本人犠牲者の写真の731部隊での中国人犠牲者としての誤用 (Wikipediaより)
これは私が言っているんちゃうでー。 中国出身、今は帰化されて日本人である作家・評論家の石平氏が言っていることやねん!
プロパガンダに使われているこういった写真は、近年心ある歴史家達がきちんと検証してくださっているよ。
残虐な写真は中国で起こった日本人虐殺事件の写真が使われていることも良くあることなので、もう騙されずに気付いてなー。
違う切り口から…
元日弁連会長で、朝鮮総連の代理人、そして9条ネット共同代表あった土屋公献氏。この人の経歴をWikipediaのリンクで良く読んでほしい。
過去に731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟や重慶大爆撃賠償請求訴訟の弁護団長を務めた。
日弁連がNGOと共に国連において慰安婦を「性的奴隷(Sex Slaves またはSexual Slavery)」と定義し、国連から日本政府に対し補償を実行することを働きかけるよう運動した人物なんや。
オウム事件や北朝鮮とも関わりある、なんか怪しい人物やと思わん?
日弁連の反日活動家である高木健一氏。この人の経歴をWikipediaのリンクで良く読んでほしい。
この人は弁護士時代の福島瑞穂参議院議員と一緒に、韓国での慰安婦補償請求運動を最初に行った一人やけど、インドネシアでも同様の手口で戦後賠償ビジネスを行っていたんや。
インドネシアの人達の貧困に付け込んで「名乗り出れば200万円の補償を得ることができる」と、火のないところに煙を立てる活動をしていたんよ。
ちなみに、日本兵は約2万人だった地域に、同じ位の人数の自称慰安婦が集まった。ジャマル・アリ(インドネシア・タイムス会長)氏からの痛烈な批判もあり、計画はパーになったよう。
またそれを反日左翼マスコミも後押しし、後にインドネシア政府や閣僚から抗議も来て、この件でインドネシア政府との友好関係が損なわれている。
また、大学時代からの友人である民主党の仙谷由人と戦後責任に関する訴訟運動を共闘していたと言われているんや。
どうしても日本を悪かったことにしたい人達の活動の背景に何があるのか?
まだここに書いた内容が信用できない人がもしいれば、このような違った視点、別の切り口から歴史を捉えてみるのもいいと思うねん。
日弁連の正体、日本を貶める捏造メディアの正体 を知ることも、騙され続けて生きていかないようするためには必須のこと。
詳しく知りたい方は、下記のおすすめの本をご参考に
日本がポツダム宣言を受諾したのは1945年8月14日、玉音放送が8月15日。そして1945年9月2日にその降伏文書の伏調印式を以て、停戦状態。
その後、GHQに占領(1945年10月2日~1952年4月28日)され、その占領下の1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約を結ぶことになったんや。
ポツダム宣言受諾の1945年8月14日~1951年9月7日までは「停戦状態」、国際法上は1951年9月8日に結ばれたサンフランシスコ平和条約によって、日本と多くの連合国との間の「戦争状態」が終結した。
日本の敗戦日は1945年8月14日、日本の終戦記念日は1945年8月15日、国際法上での戦争終結は1951年9月8日。
なぜ、日本にとって正式に戦争終結となった1951年9月8日が終戦記念日にならなかったのか?
それはこの空白の期間を日本人に知られるのがアメリカにとって不都合だったからちゃうかな。知らんけどっ。
「この空白の期間に日本で何が起こったのか?」を知ることが、自虐史観から完全に抜け出し、全てにおいて騙されないように生きるためにも大事なことやねん、と伝えかったんよ。
アメリカ (民間人大虐殺・東京裁判) 、ソ連 (停戦中に日本侵略) 、中国 (便衣兵・通州による民間人虐殺事件) と、国際法を敗りまくられた戦時戦後の日本。
さらに、やってもいないことを裁判にかけられ、莫大な賠償金まで払わされ、完全に嘘の歴史を本当の歴史へと塗り替えさせられてしまった。
はぁー、それにしてもやられっぱなし。 やることがズル賢いし、ここまでする執念はすごいわ。 ここはこんなもんにしとくなー。
戦後、日本人の歴史観はこのようにして歪められてきた 経緯を知ることを伝えたかったんよ。
そう信じてきた人がいたら、0から歴史を調べなおして欲しいんや。
最近は時代の流れが変わってきて、YouTubeを通して本当の情報を流してくれる番組や人達、近年発刊された近代史を正しく検証する本が沢山発刊されてきているんや。
だから、この 経緯さえ知れば、本当の情報がどれなのかがわかってくるんよ。
残念ながら戦争に負けるということは、勝った国に歴史を作りかえられるということやねん。
つまり、勝った方が正義で負けた方が悪にされただけで、本当は日本の方が被害国なんよ。
100人に1人、1,000人に1人、10,000人に1人位…?! は極悪人がいたかもしれないけど…、今も昔ももっともーっと昔もそれは一緒。
それを前提として、さらに戦時中だから色々あっただろうけど、本当に納得がいくまで調べた限りは、良く言われているような「日本が悪かった」という事実はなかった と、私は結論出たよ。
そして、やっぱり優しい日本人が沢山いたし、日本を誇りに思ったよ。
それでも日本を誇りに思えなかったり納得がいかなかったりする場合は、絶対にこれっ!
水間政憲氏のひと目シリーズ
ひと目シリーズは 一次資料を基に解説。 著者の並々ならぬ努力が詰まった本です。
水間政憲氏のひと目シリーズを見たら、何が本当で何が嘘なのかがひと目でわかるんよ。
勿論全シリーズ揃えたよ。本当にお薦めです。
日本人は基本的には誠実で真面目で優しい民族。 それゆえ、騙されやすい民族。 それは今も昔も変わらないんじゃないかな。
ご参考程度にっ
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